« maart 2012 | メイン | december 2012 »
12 september 2012
最終回 ご愛読ありがとうございました!
印刷された単語の長さに引きつけられたオランダ語のポスター。それが20年前、オランダに興味を持ったきっかけ。じっさいに来てみたら空のでかさに圧倒された。高い空近い雲。そりゃそうだ、何世紀も前、ここはもと海だった場所だもの。
初めてよその国を旅したのは大学3年生の春休みだったな。わたしは一年浪人して大学に入ったので、その春21歳だった。
高校のときの同級生と2人の学割のユーレールパスを使ったバックパッカー旅だった。
妹尾河童の「河童が覗いたヨーロッパ」と安野光雅の「旅の絵本」があこがれの旅のモデル。実際には「地球の歩き方」を持っていった。
ユーレイルパスを使って目標の町に到着すると、まず空き部屋を探して荷物を置く。散歩に行く。有名なレストランや高価なブティックとはまるで縁がない。
とりあえず目に入った入れる店に飛び込んで、先にいたお客さんの食べているものと同じものを注文した。揚げた魚やムール貝の煮込み、生のお肉。ガイドブックになんて載っていない、みんなが普通に食べているものがとてもおいしかった。ふつうのもので十分だった。
現地の観光案内所でもらった地図をたどって、美術館と教会を探し当てる。なんて発音するかもわからない道路標識だけがたよりだった。人生初の旅でひとびとの「ふだん」を見物した。
若いよねがキャッチした「ここちいいふつう」「がんばらない」「あたりまえがあたりまえにきれい」というキーワードはずっと体の中に残った。ずっとずっと、ヨーロッパで見たのとおなじような「幸せ」に憧れた。
懸命に働けば、いつか余裕ができるのかと思って、ものすごく働いた。いい会社に勤めることができて、それがたまたま服屋だったのでいい服を着られて、一流の人と仕事ができても、心はからからだった。心がからからだったので、たくさんお給料をいただいていたのにも関わらず、ちっとも「これがいい」という気がしなかった。
一時は仕事の選択を間違っているのかと思っていろんな勉強をしてみた。習い事や学校に通いまくった。いくら投資したかわからない。
海外に暮らせば見つかるかも。そう思って日本脱出をたくらんだこともある。(まるで「オズの魔法使い」のようだね。)
だれに聞いてもわからなくて、どこにもみつからなかった、雑誌や本にも書いてなかった、知りたかった答えは結局、旅が教えてくれました。
わたしが求める「しあわせ」は、「自分から」動く人にしか見えないし理解できない。
持っているものを「人のために役立てる」こと。それがわたしにとっての「生きる」ってことだったのです。
ながらくご愛読いただきました「Yone is….」ですが、この文章を持ちまして終了といたします。長い間おつきあいくださいましてありがとうございました。
文章や本も同じなんです。「自分でやってみる」までしないと、気が済まない。読んでくださる方がどこかにおられる、それがすごくうれしくて、これまで続けてこられました。ログをひっくり返しますと、最初の投稿は2005年からです。あしかけ8年。怠けた時期もありますが、とにかくすごい量です。長い時間かけて、答えを見つけられましたのは、皆さんのおかげです。
読んでくださった皆さまが自分の幸せを見つけられますように!!お元気で皆さまの旅を続けられますように!!応援ありがとうございました!!!よねの旅はまだまだ続きます。またどこかで! よねざわ みどり。
投稿者 midori : 03:54 pm | コメント (0)
11 september 2012
こちら側かそちら側か
ぱかっぱかっ。え?あの音はまさか?そう、そのまさか。ふつうに歩いて来て、ふつうに去って行った、騎馬警官。しかも一人は婦人警官。すごー。かっきーいいい!事件が起きたら走るんだろうか?きっと駆け足するんだろうな!どきどき!
アムステルダムから日本に帰ってきてみると、行く前はつぼみだった桜は終わっていた。母からはいろんなチューブや点滴も抜けて、コードレスになり、退院し、私の仕事は新学期が始まり、あーーーっというまに夏休みになり、その夏休みも終わった。
旅で幹事だったみたいに、現在はうちでも幹事をしてる。
食事でも行事でも、提供する側企画する側になってみれば、普通のことでもとても頭を使うし、なんでもかんでもクリエイティブ力と素早さが要求される。気は張るけどいちいち達成感が与わる(やっててよかったよ。数々の宴会幹事)。家庭や生活や仕事を宴会にたとえるのは違っているかもしれないけど、まあ今は、幹事気分でやっています。
今までなにかどっか、塩梅が悪い感じ、足りない感じがずーっとしていたのは、生活者としてなにごとも受け手側でしかなかったためだ。
この年になって、いまごろそんなことを発見したなんて言ってるなんて、ほんと恥ずかしいのだけどね。この場を借りて正直に告白。いままではほんと呑気に過ごしてきたんだ。偉そーなこといいながら極楽とんぼ、半人前でした。
親が弱ってきたので、いろんなことをわたしがきめなくちゃならない、ってこともあるだろう。それが、たまたま今年来たってだけなんだけど。ハプニングのおかげで気づいた。わたしにとっては重大なことです。
これからはなんでも決めていかなくちゃならない。わたしが。
投稿者 midori : 03:53 pm | コメント (0)
10 september 2012
ありがとうアムステルダム!
建物の上のサインには「あむすてるだむ、せんとらあある、すたしおん」と書いてある。駅の前の路面は、線路だらけ。駅の正面はアムステルダムじゅうへのトラム発着の中心でもある。
たいへんな旅の続きです。何ヶ月か経って、こう思うのです。
行ってよかった。アムステルダムはますます忘れられない場所になったなあ。
あーこれが、おれの旅なんだ、って思ったね。
旅が自分のものになった気がした。したかったのはこのことか。
「自分の体験を人に役立てる」
それがわたしの「幸せ」なのです。
みこしは見る物でなくて担ぐもの。ダンスはみるものでなくて踊るもの。合唱は聴くものでなくて唄うもの。旅は買うものでなくて作るもの、人を喜ばせるもの。
こうでなくては、わたしは「まだ足りない」って思ってしまう。
楽しかったり、きれいだったり、それだけでは満足できない。かならず、自分でやってみて、自分で作ってみて、そいで、だれかに伝えたい。だれかに良かったと思ってもらいたい。
旅だったら、「ぽつ」「ぽつ」という、スポット的な「お楽しみ」でしかないのなら、どんなに豪華な特典がついてても、まったく興味がわかない。行きたくない。でも、行った経験が「ポポポン」と、次の何かにつながって、積み重なりそうな予感がするなら、どんな貧乏旅でも俄然、やる気が出ます。
旅以外のことでもぜんぶ同じです。
ちっちゃくても質素でもぜんぜんかまわない。むしろ、大きいと困る。誰も気にしないくらいなのがちょうどいい。世界最小でいいから、自分以外のだれかの役に立っていたい。だれかに喜んでてもらいたい。そしてできるならば、大喜びして覚えていてもらいたい。
すごく単純なのですが、そこんとこがわたしの生きる原動力というか、生きる意味だったのではないか?と、このたびの難易度ウルトラな旅をやり抜くことで、やっと見つけたのです。
ありがとう叔父!ありがとう叔母!そしてありがとう!くみちゃん!ありがとう母!ありがとう母の病気。ありがとう母の病院の先生!ありがとうアムステルダム!
投稿者 midori : 03:52 pm | コメント (0)
09 september 2012
ウルトラな旅で発見したこと
乗り換えの駅で見かけたすごい列車。どこまでつながっているのか!終わりが見えない。合成画像のようにも見えるが、ちゃんと本物。旅の仲間くみちゃんは「鉄」のきずなで結ばれている友人。くみちゃんが気がついたのでシャッター押せた。
いままでの問題なんて、悩んでいるときはそれなりに深刻だったのだけど、一人の人間の命の前ですべて吹っ飛んだね。あたりまえの生活を繰り返すことのありがたさを知った。毎日をまわす為に、夢が希望がどれほどの原動力になるか?ってことも知ることができた。夢や希望を持てるってことがなにごとにとっても始まりだし、持てるってことじたいがすばらしい!
それが母の手術と重なったオランダの旅。ふつうならキャンセルするところを、ある事情で決行することになりました。
母の代わりに行くことになった叔父は海外旅行初!という、「フジ三平」に出てきそうな日本人のおとうさんで、おまけに腰を痛めていて石畳を歩くのが辛いというし、夫婦喧嘩は始まるし、すりには遭うし、忘れ物はするし、で、これ以上トラブルに遭わないで無事に日本に帰り着けるように、へとへとになるまで気を遣いました。そんな中、頼みの綱の友人がガラスの壁に激突して足をけがして、わたしは「バイエンコルフ(三越のオランダ版)」にも売っていない、杖を探して買いに行く場面があったり、で、もう、どきどきはらはら、しどうし。すごいヘビーだったのです。でも、いい旅でした。5ヶ月経ってみれば全部いい思い出です(←これ、テストにでます!)。
すばらしい収穫はなんといっても、アムステルダムに対してちょっとだけ、位置が近づけたこと。
これまではいつも「お客さん」だったわけです。今回だってあいかわらす異邦人ですが、いつもとちょっと違ってました。母が病気になった時点で、もう、ぜんぜん旅行なんかしたくなかった。自分のためのたびではなく、ひたすら、母とメンバーのための旅だったのです。
旅の初心者の叔父叔母、それと友人のくみちゃんがいたおかげで、アムステルダムの身内側(つまりホステス、ディズニーランドだったらキャスト。旅行社だったらツアコン)に立つことになったのでした。
いつもとまったく違う立ち位置で、自分中心のときとはまったく違う眺めを見たのです。
■さて、テスト、です。
「終わってみれば全部いい思い出です」
このことをことわざではなんというでしょう。正しい日本語で書きなさい!
投稿者 midori : 03:51 pm | コメント (0)
08 september 2012
フルカラーバージョンの人生
発車を待つ国際特急。ウルトラマンみたいですごく速そう!だが、実はあんまり速くないらしい。友人の話だと4回乗ったうち、1回しか時間通りに着かなかったって。すごくカッコいいのに、肝心ななにか抜けてて、ちょっと残念な男子、っぽい。
旅行をきっかけに、母の病気が発見されまして、母の手術をきっかけに、よねは主婦新1年生になりまして、いろんなことを知ったわけです。
タケノコご飯の作り方や、どこに洗剤の買い置きや、お客用のシーツやタオルがしまってあるか?とか、何曜日と何曜日に牛乳の配達が来るか?とか、家のお金がどの通帳から引き落とされるか?とか、この料理とこの料理を二ついっぺんに作るにはどのくらい油をひけばいいか?とか、洗濯と掃除機と皿洗いと戸締まりを全部終わらせる所要時間はどのくらいか?とか、キャベツ1個、卵1パックがなくなるまでに何日かかるか?とか、これくらいの風だとあとどのくらいで洗濯物が乾くか?とか。
でも知ってなによりよかったのは、これまで、自分がどれだけ支えられて来たのか?支える人はどれだけ大変だったか?それから、支えになれる(役に立てる)ことがどれだけうれしいことか?ってことです。
人って、骨や筋肉みたいなもので、ある程度の重圧で何かを支えていないと弱くなる。適度なストレスは必要だと考えます。果たすべき責任をのがれている人は、その負い目で、みずから、自分の器にに合わないストレスを買って出てしまうのではないか?とさえ、思います。
今まで、子育ても奥さん業もする必要のなかったよねは、お嬢のまま大人になってたってことがわかった。自分の欠けている点をこのたび、自分で取り戻すことができて、たいへんではあるのですが、来てよかった〜という感じです。このところのさわぎ全体をも旅だとすると。
いくたびもの「たいへん」を乗り越えて今や、いままで見ていなかった色が見られるようになったわけです。ふつうの暮らしの尊さは、今まで可視域からはずれていた幸せ色です。256色しか表現できなかったのが1026色出せるようになったようなものです。なんと世界はカラフルなことか!
投稿者 midori : 03:50 pm | コメント (0)
これでいいのだ!
夜明けの空にまだ白い月が浮いている。NHKの「街歩き」なら、ここでオープニングテーマが響いているはず。母と行くはずだったアムステルダム。くみちゃんと、はつこおば、とそしてなぜか、行けなくなった母の代わりに、おじの4人連れ。
結論から書くと、旅、まだ続いています。
オランダから帰ってきてもう5ヶ月もたつけど。気持ちは旅立ったまま、まだ旅の最中。
究極の旅の中にいるといってもいい。人はだれしも、もうもとの地点にはもう戻らないってことを、知った。
場所は同じなんだけど、いろんな物を捨て、新しい物を取り入れ、新しい運命を受け入れ、新しい夢を探す。
夢にたどり着くには、夢見るだけではだめで、夢を探しに動くこと、目の前の道を夢中で進むこと。(曲がり角では少し考えて)
なんだか、この年になって初めて、人生のしくみみたいなものがわかったよ。そう、毎日が旅!旅ばんざい!旅はいいなあ!