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岡本太郎のげーじつ(生き方)にあこがれる

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桜の花が開き始まりました。幹の方は温かいのかしら。枝先はまだつぼみなのに。春、開始です。いろんなことを決めました。
 岡本太郎の芸術作品は、目を細めてじーっと眺めてしみじみその美を味わう性質の彫刻や絵とは違う。
 描いてあるものが何だとか、かんだとか、ピカソのゲルニカを分析するみたいに謎をひとつひとつひもといていくのも違う気がする。

 太陽の塔は博覧会場の人ごみと熱気と興奮があって、やっと初めて、完成した作品として成り立つ、ような気がする。作品を巡っていいとか悪いとか言う人がいて、賛成する人や反対する人やお金のやり取りがあって、その時間と摩擦や情熱や勢いそのものが作品と解け合って、やっと建てることができた。岡本太郎は単なる彫刻家や画家というより、「お祭り(人の生自体)」を形にするインスタレーションアーティストであるとと、よねは思う。
 ばかばかしい(失礼!)くらい大きなものを完成させてそれを喜ぶ、祭りそのもの喜びと活気の記憶が、万博の映像や太陽の塔の縮小モデルから流れてくるのを味わって、悔しく感じた。よねは大阪万博の会場に行っているはずなのだが、そのときは小学校1年生。ものすごく長い間行列に並んだことと、人生初ブルガリアヨーグルトを食べたことはしっかり覚えているが、太陽の塔の内部を見た記憶はない。今の視点で味わいたかったなあ。
 
 クリストという芸術家の「アンブレラプロジェクト」という作品を30代のはじめの頃にリアルで見たことがある。そのとき、クリストさんが、「傘自体の設計図を描いたり、色を選んだり、また、作品やリトグラフを作ることだけが作品なんじゃなくて、プロジェクトの行為すべてが芸術。農家に傘を立てさせてほしい、とお願いしてまわるのも、お金を集める行為も、警察や役所に交渉にいくのも、行為こそがわたしの作品」と言った。クリストさんの口からじかに聞いた。つまり、有名なリトグラフはただ単に資金を得るための副産物という位置づけ。

 これを聞いてから、よねの生き方がある意味変わった。
 クリストさんの言葉で魂がほっと救われた。
 そのころは、デザイン以外の仕事があまりに多いので、デザインに集中できない、ということをすごく腹立たしい、と思っていたのだった。(いまだって、デザイン以外の用事がとても多いが、今はクリストさんのおかげで、全部ひっくるめてデザイン、と大らかに生きている)

 きれいな物を作るにはいろんな条件が揃っていなくてはいけなくて、人はきれいな物の結果だけを見る。だけど作る側からすれば、きれいな物にするために、していることは準備でもなんでも、すべてが繋がっている。そのための行為はひっくるめて制作と呼んでも良いのだ!色や形の「美」は制作物のほんの一面でしかないのだ。

 日本がこんな状況のときに岡本太郎がちょうどフューチャーされていることに偶然の素晴らしさを感じる。
 太郎にとって、困難や問題を乗り越えること自体が芸術であった。笑っちゃうくらい、大らかな彫刻。子どもみたいに自由な絵。
 絵をきれいに描いたり、絵画展で受賞したり、学校でいい成績をとってほめられたりするのがアートではなくて、人を動かし、幸せにするのがほんとうの芸術という行動なのだ、と、知った日の感動がよみがえったよ。じゅうぶん元気をもらった。

 浦安市の運動公園の門に岡本太郎の彫刻が引っ付いているのもついでに思い出した。東北と同じくとんでもない災難の渦中におられる浦安にお住まいの方々にもお見舞い申します。岡本太郎とディズニー、二大アーティストがついているのだから、きっとハピーエンドになると信じる。
 森田健作ーう、千葉県はこれまでディズニーランドのおかげでずいぶん助かっているんだから、浦安の人をなんとかしてあげて。